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手塚治虫『火の鳥』復活編 人がロボットに生まれ変われる日は来る?

2018年5月2日

こんにちは、べっちです。

今日は手塚治虫『火の鳥』復活編についてお話します。

人間がロボットとして生きながらえることができたとしたら・・・

僕はやっぱり死ぬことは怖いです。

「火の鳥」をここまで読んできて不死の恐ろしさは教えてもらえましたが、やはり死ぬのは怖いです。
 

でも、年を取って老衰や病気で死んでいく分には、ある程度仕方がないと割り切れる部分も少しはあります。
 

問題は、若いうちに死ぬ場合です。

「こんなところで死ぬわけにはいかない」
と悔やんでも悔やみきれない思いを抱えながら死んでいくのは、なんともやり切れないです。。
 

2016年に僕はガンと診断され、今は克服できましたが、当時は死をリアルにイメージしてしまい、本当に恐ろしかったです。
 

この先もし科学技術が進み、もしかして死ぬ時に「ロボット」として生きながらえる選択のできる時代が来るかもしれません。
 

「復活編」では、人間が「ロボット」として生き続ける2つの例が出てきました。

  • 1つ目は、自分の心は持ちつつ、頭と体の半分は人工的なもので生きるというものです。
  • 2つ目は、「ロビタ」です。知識は継承されますが、自分の心はじきに忘れてしまうというものです。

それでは、この2つについて順に考えていきます。

生き物が無機物のバケモノに見えてしまう恐ろしさ

手塚先生は、よくもまぁこんな恐ろしい設定を思いついたと思います。

生き返ることはできたものの、人工知能部分の影響により生き物が無機質のバケモノに見えてしまうことになるのです。

一度生き返った時には人間が「土人形」にしか見えず、これではあまりにもヒドイからと再手術したらさらにもっとヒドイものにしか見えなくなったという、救いようの無い展開です。
 

白黒のマンガだからかなりデフォルメされた表現だったと思いますが、それでも目を覆いたくなるほど不気味な物体に僕の目には映りました。

せっかく生き返ったのに、愛する家族ですらバケモノにしか見えないなんて。

「宇宙編」で見た「メタモルフォーゼ」も衝撃的でしたが、「復活編」の「無機質オバケ」も負けない位の衝撃でした。
 

もし僕がこんな風に生き返らせられたとしたら、すぐにでも死にたくなり、でもやはり死ぬのは怖くて死ねない、という苦しみで発狂してしまうと思います。
 

まぁ時間が経つにつれ、レオナも人間を人間の形に見えるようになってきて、だいぶ苦しみは軽減されたかなぁとも思いますが。。

ロボットしか愛せないのも残酷な話ですけれども。

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「ロビタ」として、自分という意識は忘れた上で生き続ける

「レオナ」はその後、愛するロボットの「チヒロ」と合体して「ロビタ」として作り変えられることになります。

「ロビタ」は、最初はレオナであることを自覚していますが、じきに自分がレオナであることを忘れてしまいます。

ですが、レオナの人間らしい感情の部分は継承する点は、面白い存在だと思います。
 

例えばもし、僕が死ぬ時に「ロビタ」として作り変えられる選択肢があるとしたら・・・

うーんどうでしょうか?
 

僕の知識を持ち合わせていて、僕の性格は継承するんだけど、でも「僕」であることはじきに忘れてしまうんです。

僕が僕でなくなってしまうんなら、生き続けても意味ないような気もします。
 

逆に、「ロビタ」が僕としての意識を保っていたとしたらどうでしょうか・・・?

これは、けっこう悩ましいですが、自分の意識を持ったロボットとして生き続けるのは、結構アリかもしれません。
 

黎明編に出て来た「マサト」のように、永遠に生き続けなくてはならないとしたらそれは残酷極まります。

でも、「ロビタ」は「マサト」と違って死ぬことはちゃんとできます。
 

怖い気もしますが、本当にそんな技術ができて、ロビタとして生き返る選択肢があるとしたら、もしかしたらその話、僕は乗るかもしれません。

終わりに

「復活編」には「猿田」的な人物が出てこないなぁ、と思って読み進んでいたら、最後の最後で出てきました。

猿田は、ロビタと一緒に宇宙で「生命の神秘」を探す旅を続けることになります。

今後の巻で、話の続きは出てくるのかなぁ。

火の鳥は、今までのところ未来と過去の話が交互に出てきており、次の巻「羽衣編」を覗いてみたら、今度は過去の話でした。

そうすると、猿田とロビタの度の話はもう少し後かもしれないですね。
 

それにしても、全体として時間の前後関係がどのような構造になっているのかがモヤモヤしているので、その辺りがハッキリする巻があったらうれしいです。

そして最後には未来と過去が融合する地点が描かれたりするのでしょうか?
それが20世紀の日本だったりして。
 

20世紀の「猿田」役はどんなかな?

もしかして手塚先生自身とか。

でもそれだと鼻が大きくないからダメか。
 

こんなふうにいろいろと先の展開を妄想するのも楽しいです。

命について、未来について、時間について、想像力がかき立てられるのも、火の鳥というマンガの魅力の一つですね。
 

それでは、今日も最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。

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