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Dカーネギー「道は開ける」6章 感想 忙しければ悩む暇なんてない?!

2018年5月13日

こんにちは、べっちです。

昨日は、
Dカーネギー 著「道は開ける」
1章「今日、一日の区切りで生きよ」

についてお話ししました。

昨日の記事はコチラ
↓↓
悩みの処方箋 Dカーネギー「道は開ける」1章 毎日が新しい人生 感想
 

今日は引き続き、同じくDカーネギー「道は開ける」の
6章「心の中から悩みを追い出すには」
についてお話します。

忙しければ、悩む暇なんて無い?!

6章「心の中から悩みを追い出すには」に書かれていたことは、
「悩まないためには忙しくすること」
でした。

忙しい時間を日々過ごしていれば、悩む暇なんて無いというのです。
 

僕はこれを読んで結構ショックを受けました。

どうしてかというと、
僕の悩みのタネの一つに
「忙しいこと」というのがあるから
です。
 

僕は、
忙しい毎日から解放され
何もしないで

「ぼーっ」

と過ごせる毎日なら
さぞ楽だろうなぁ、

と正直思っています。
 

でも、この本に書いてあることは真逆です。

「人は時間がある時に悩む」
とのことなのです。
 

確かに、言われてみればそういう部分もあるかもしれません。
 

会社で仕事に没頭している時は、作業に集中しているので、そこに「悩み」の要素は一切ありません。

悩み始めるのはだいたい、仕事が終わって疲れ切って帰る電車の中とか、寝る前とか、時間のある時間です。
 

思い返せば、学生時代なんて結構時間もあって悠々自適に過ごしていたかと思いきや、恋だったり人間関係だったり漠然とした不安だったり、今よりもずっと悩みは多かったと思います。

もちろん青春時代にはつきものの悩みだったというのもあると思いますが、もしかしたら「暇を持て余して悩んでいた」というのもあるかもしれません。
 

もし僕が暇になったら・・・

それでは例えばもし、収入は保証された上で会社に来なくていいと言われたら、僕はどうなるでしょうか?

単純に考えると、毎日12時間くらい寝て、テレビ見てマンガ読んで、すごく楽な日々を過ごせそうです。

(・・・根がダメ人間なので、こんな過ごし方しか思いつきません。。)
 

でもやっぱり、学生時代と同じように、そのうち何かしら悩み始めるのかもしれません。
 

ありそうなのは、

「このまま何もせず
年を取っていくだけで
いいのだろうか?」

という悩みですね。
 

うわ、すごいリアルです。
本当にそうなりそう。
 

なので、もし暇になっても結局は悩みが待っているなら、今僕が
「忙しさから逃れたい」
と感じていること自体、間違っているのかも
しれません。
 

まぁ、だからといっていきなり
「忙しいこと超幸せ」
と考えることはさすがに難しいと思います。

でも、暇になってもどうせ煩悶が待っていると考えるだけでも、忙しいことを少しは受け入れられるような気がしました。

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人間は1度に1つのことしか考えられない

もう一つ興味深かった話として、
「人間は一度に『一つのこと』しか思考できない」
という話がありました。

本に書いてあったとおり試してみたのですが、
・「自由の女神」と
・「明日の予定」を
同時に思い浮かべることは、僕にも出来ませんでした。
 

これと同じことが感情にもあてはまり、
「楽しい」と
「煩悶」は、
同時には心には存在しえない
ということです。
 

つまり、
・楽しいことを考えている時は悩みなんてないし
・悩んでいるときは楽しいことなんて考えられない
ということですね。
 

そうなってくると、もしかしたら僕は悩みのタネについて大きな勘違いをしていたかもしれません。
 

どういうことかというと、

本当の悩みのタネは、
仕事が「忙しい」ことではなく、
仕事が「楽しくない」
ことな気がしてきた

のです。
 

とはいっても、本当にどうしようもなくツマラなかったならば、ここまで15年も会社勤めを続けてこられなかったでしょう。

でも、きっと仕事の「楽しさ」は確実に不足しているのでしょうね。
 

それでは、「楽しくない」と思っている仕事を、楽しいと感じるためにはどうしたらいいでしょうか??
 

考えてみたら、最初の方にお話ししました、「作業に没頭」している状態が、きっと「楽しい」とイコールですね。

反対に、仕事中どうも集中できなくて作業が進まなかったり、膨大な仕事量を前に途方に暮れたりしてるのが、「楽しくない」ということなのでしょう。
 

一日中作業に没頭できたら、きっとどんなに忙しくても、一日が終わって悩み始めることは無いのだろうなぁ。
 

うーん、どうしたらいいかなぁ。

終わりに

なんだか今日は、書いててだんだん悩み始めている気がしました。。

悩みを解決する本を読んで、悩み始めるとはなんたる不覚です。
 

あれ、でもこれは悩んでいるというより、考えているってことなのかな?

「悩む」と「考える」って、似てる部分もあって区別が難しいです。
 

# 昨日の記事で「悩む」と「考える」は違うってお話したばかりなんですけどね。。
 

でも、もともとの悩みの正体が「忙しさ」ではなく「楽しさの不足」かもしれない、という気づきがあったのは良かった と思います。
 

それでは、どうすれば「楽しくない」ことを「楽しい」と感じることができて、作業に没頭できるでしょうか?
 

よい機会ですので、この悩みを解決すべく
Dカーネギー「道は開ける」
を実践していこうと思います。
 
そして、その実践過程なんかも、このブログの中でお話できたらなぁと思います。
 

それでは、今日も最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。

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