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「べっち」はこんな人です

2018年2月6日

はじめまして、べっちです。
 
僕は38歳のサラリーマンで、妻と2人の娘がいます。
 
一見幸せそうに見える家族かもしれませんが、
僕は去年『大腸がん』を経験しています。
 
と同時に、慢性膵炎、大腸炎、食道炎も診断され、
さらに従来からの咳ぜんそく・アトピー・花粉症とアレルギーも持っており、
 
「いったい僕の体はどうなっているのだ?
 このままじゃいけない!」
 
と思い、健康体を手に入れるため、がんの代替療法や
東洋医学(鍼・お灸・マッサージ)など試行錯誤を繰り返してきました。
 
 
このブログでは、私と同じようにガンなどの病気で悩まれている方のために、
私の経験談や、経験を通して得たことなどをお話ししていきます。
 

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べっちはどんな人なのか?

 
・身長:174cm(平均)
・体重:55kg(やせ形)
・服装:平日はスーツ。休日は同じものしか着ない。
・視力:0.1位。メガネをかけると1.2
・髪型:ちょっと長め。ハゲ気味。。
 
・好きな食べ物:ラーメン・カレー
・嫌いな食べ物:ゴーヤ
 
・性格:一見優しそう。実際普段は優しい。
    おっとり系。天然ボケ。頭の中お花畑系(と言われている)。
    でも眠いと機嫌が悪い。
    気は小さい。うっかりもの。かなりの忘れんぼう。
    だまされやすい。

・仕事:SE(システムエンジニア)
    Excel VBAが得意。
 
・趣味
 ピアノ
 ・・・全っ然うまくないです。
    ポロロンポロロンってたまに弾く程度。でも好き。
 
 ギター
 ・・・大学時代は毎日ずっと弾いてた時期もあって、
    本当はすっごく大好きなんですけど、
    最近めっきり弾いてない。でも弾きたい。
    
    と思ってちょっと弾いてみた。やっぱり楽しい。

 

幼少期、小学校時代の僕

 
小さいころは、すごく泣き虫で、兄が犬に噛まれたのを見て
僕が泣いてしまうほどでした。
 
幼稚園の時には靴をかくされたり、
小学2年生、小学6年生の時にはいじめにあったり。
いじめっ子からは気が弱い部分に
つけこまれていたのかなと思います。
 
それでも、子供らしく元気いっぱいな部分もちゃんとあり、
走り回ることが大好きな子供でした。
 
 
小学校5年生の時に、母親をガンで亡くしました。
 
母は40歳でした。
 
今から思えば、抗がん剤の副作用だったのでしょう。
最後は骨と皮だけになり、苦しみながら死んでいきました。
 
母は闘病中、ベッドで横になっているのにまるで全速力で走っているように
ハァハァと全身で呼吸をしていたことがあり、
そんな母を見ていて見ていて本当にかわいそうで仕方がありませんでした。
 
 
正直な気持ちを言うと、僕は母のように苦しみながら死んでいくのは嫌です。
もし死ぬことになったとしても、安らかに死にたいです。
 
でも、もしそんな現実に直面したら、
本当にそんなに簡単に死を受け入れることができるかな・・・?
 
少なくとも、抗がん剤だけはやらず、
生きることにしがみつくなら、必死で他の方法を取りたいです。
 
 

中学校時代の僕

 
中学校1年生の時、女子からクラスで2番目に嫌われていることを知りました。
 
それをきっかけに、クラスでおしゃべりすることを控えるようになりました。
 
なぜ嫌われていたのか、はっきりしないのですが、
自分のありのままを出すことで嫌われてしまうなら、
自分を押し殺してしまった方がよいと考えたのです。
 
生来の内気と、この時に形成された自分押し殺しが
しっかりと性格をこじらせてしまい、
今でも言いたいことを言い出せない原因になっていると思います。
 
 
でもまぁ、当時全く友達がいなかったわけでもなく、
帰りの方向が同じ友達とは毎日仲良く帰っていました。
 
 
 

高校時代の僕

 
友達に誘われ、水泳部に入りました。
部活のマネージャーの子のことを好きになりました。
 
男の部員はだいたい僕がその子のことを好きなことを知っていました。
 
その子は「スミレ」と呼ばれていたのですが、
ある日、友達に「僕もスミレって呼びたいなぁ」なんて話していたら、
その話はドアの向こうからその子が入ってきて、
どうもバッチリ聞かれてしまっていたようです。。
 
告白なんて当時の僕には出来るはずなかったのですが、
間違いなく、僕の気持ちはその子にバレバレだったと思います。

 

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大学時代の僕

 
陸上部に入りました。
同学年の部員の子のことが好きになりました。
 
ある日、意を決して告白してみたら、
なんと答えは「OK」でした!
 
しかし、女心は分からないものでして、、
次の日に、「やっぱりNG」の返事が。。
 
付き合った期間たったの1日。
(そもそもコレ、付き合ったって言えないですね)
 
 
その後も毎年のように好きになった女の子に告白しましたが、
どれも当たって砕けました。
 
 
最終学年にして、ようやく彼女が出来ました。
 
 
なんだか恋愛話ばっかりになってしまいました。。

僕の恋愛話については、以下の記事でもっと詳しくお話しましたので、よろしければご覧ください。
↓↓
彼女イナイ歴=年齢だった僕のぶっちゃけ恋愛失敗談
 

 
恋愛以外にはまっていたのは、とにかくギター。
 
飲みサークルにも所属していて、
とにかくずーっとギター弾いてました。
 
 
 

社会人になってからの僕

 
就職氷河期でしたが、なんとか1社の内定をもらうことができて、
システムエンジニアとしての道を進むことになりました。
 
若い頃は要領を得ず、上司に怒られてばかりいました。
 
ある日言われたのは、
 
「べっちは、どうしようもなくダメってことは無いんだけど、
 やっぱりまぁダメだよね」
 
・・・けなされてるけど、なんとなく救いようのある感があります。
 
 
その後、人並みに仕事はできるようになりました(と思います)が、
かなり忙しい職場で、自分の時間が思うように取れないのがツライところです。
 
 
そして、もっと時間が欲しい、
そしてお金のことを気にしなくても何でも買える
気ままな人生にあこがれるようになりました。
 
 
で、ねずみ講みたいなやつにダマされてみたり、
株やFXで100万円以上損したり。。
 
本当にバカなことをしたと後悔してます。。
 
 
 

結婚し子供が出来て、そしてガン

 
こんな僕にも結婚相手が出来て、子供も出来ました。
 
家族は僕の宝物、ずっとこのまま幸せに暮らせるものと
単純に考えていました。
 
 
しかし、ある日、医師から突然のガン告知がありました。
 
「これ、多分ガンです」
 
その瞬間から、ぼんやりと描いていた
老後までの幸せな未来予想図は、脆くも崩れ去りました。
 
 
ガン以外にも、慢性膵炎を診断されて、
こちらも進行性の病気。。
 
もしかしたら膵臓がんもあるかもしれない。
 
そうなると、僕は数年のうちに、母のように苦しんで
死んでいかなくてはならないのかもしれない。
 
 
「いやだ、死にたくない。
 せめて、娘が大きくなって成人するまで、いや、
 結婚して孫が産まれるまでは、生きていたい」
 
 
必死に色々治療法を探し、試行錯誤の末、
いったんはガンも慢性膵炎も克服できました!

まぁ、再発の不安はずっと付きまとうので、
自分の体の弱い部分と付き合いながら、
娘が大きくなるまで頑張りたいと思ってます!!
 
 
さて、あなたも私と同じようにガンなどの病気で悩んでいないでしょうか?

このブログでは、私と同じようにガンなどの病気で悩んでいるあなたに向けて、
私の体験談や、再発防止のためにやっていることをお話ししていきます。
 
 
少しでもあなたのお役に立てたらうれしいです。
 
それではまた、最後まで読んでいただきありがとうございます! 
 

なお、僕の失敗談について下記から見られます。よろしければご覧ください。
↓↓
僕の失敗談
 

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Posted by べっち